最高裁判所第二小法廷 昭和55年(オ)596号 判決 1981年4月03日
上告人
下木場敦子
右訴訟代理人
荒木新一
外二名
被上告人
原田和
被上告人
有村いつよ
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人荒木新一、同荒木邦一、同田辺宜克の上告理由第一について
終結した口頭弁論を再開するかどうかは原審の専権に属するところであり、記録にあらわれた本件訴訟の経過に照らすと、原判決にその他所論の違法があるとは認められない。論旨は、採用することができない。
同第二、一について
民法八九一条三号ないし五号の趣旨とするところは遺言に関し著しく不当な干渉行為をした相続人に対し相続人となる資格を失わせるという民事上の制裁を課そうとするにあることにかんがみると、相続に関する被相続人の遺言書がその方式を欠くために無効である場合又は有効な遺言書についてされている訂正がその方式を欠くために無効である場合に、相続人がその方式を具備させることにより有効な遺言書としての外形又は有効な訂正として外形を作出する行為は、同条五号にいう遺言書の偽造又は変造にあたるけれども、相続人が遺言者たる被相続人の意思を実現させるためにその法形式を整える趣旨で右の行為をしたにすぎないときには、右相続人は同号所定の相続欠格者にはあたらないものと解するのが相当である。
これを本件の場合についてみるに、原審の適法に確定した事実関係の趣旨とするところによれば、本件自筆遺言証書の遺言者である原田實名下の印影及び各訂正箇所の訂正印、一葉目と二葉目との間の各契印は、いずれも同人の死亡当時には押されておらず、その後に被上告人原田和がこれらの押印行為をして自筆遺言証書としての方式を整えたのであるが、本件遺言証書は遺言者である原田實の自筆によるものであつて、同被上告人は右實の意思を実現させるべく、その法形式を整えるため右の押印行為をしたものにすぎないというのであるから、同被上告人は同法八九一条五号所定の相続欠格者にあたらないものというべきである。それゆえ、同被上告人を相続欠格者にあたらないとした原審の判断は、結論において正当であり、論旨は、結局、原判決の結論に影響を及ぼさない部分を論難するに帰し、採用することができない。
同第二、二について
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、被上告人らの請求を認容した原審の判断に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官宮﨑梧一の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
裁判官宮﨑梧一の反対意見は、次のとおりである。
私は、上告理由第二、一につき多数意見と見解を異にし、論旨を採用して原判決中被上告人原田和に関する部分を破棄すべきものと考える。その理由は、次のとおりである。
遺言書又はその訂正が方式を欠くため無効である場合に、遺言者の相続人がその方式を具備させることにより有効な遺言書又は訂正の外形を作出したときは、右相続人は、遺言者の意思を実現させるためにしたかどうかにかかわらず、民法八九一条五号所定の相続欠格者にあたるものと解すべきである。多数意見は、欠けていた方式を具備させた相続人が、遺言者の意思を実現させるために法形式を整える趣旨で右の行為をしたにすぎないときは、相続欠格者にあたらないというのであるが、法はそのような例外を規定してはいない。遺言書又はその訂正は、それが法定の方式を具備していない場合には、たとえその内容が遺言者の最終意思に合致することであつても、法律上は遺言又はその訂正としての効力を生じえないのであつて、それがなかつたものとして相続が行なわれなければならないことはいうまでもない。欠けていた方式を相続人が具備させて有効な遺言書又は訂正の外形を作出することは、そのことが発見されない場合には、相続による財産取得の秩序を乱す結果となり、また、相続的協同関係を破壊することとなるのは明らかであつて、この点は、右のような偽造変造行為をした者が遺言者の意思を実現させるために法形式を整える趣旨で右の行為をしたかどうかによつて左右されるべき問題ではない。相続人が、遺言者の真の最終意思を知つているからといつて、ほしいままに、遺言書を全く新たに作出したり、有効に作成されている遺言書を訂正したときには、遺言書を偽造又は変造した者として相続欠格者となることについては、おそらく異論があるまい。このことは、法が遺言について厳格な方式を要求していることとも関連しているのであり、遺言に関する限り、相続欠格との関係においても、適式な遺言を離れて遺言者の最終意思を云々することは許されないものというべきである。したがつて、遺言書又はその訂正が方式を欠くため無効である場合に、ほしいままにその方式を具備させて有効な遺言書又は訂正の外形を作出した相続人は、遺言者の意思を実現させるために右の行為をしたかどうかにかかわりなく、民法八九一条五号所定の相続欠格者にあたるものと考える。原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、被上告人原田和は、同号所定の相続欠格者にあたることが明らかであり、本件遺言書の効力のいかんによつてその権利又は法律関係に影響を受けるものではないから、本件遺言無効確認の訴についての原告適格を欠くものといわなければならない。原審が同被上告人の原告適格を肯定して同被上告人の請求につき本案の判断をしたのは、法令の解釈適用を誤つた違法があり、右違法が同被上告人の請求に関する部分の限度において原判決に影響を及ぼすことは明らかであつて、原判決中右部分は破棄を免れず、論旨は理由があり、右部分については同被上告人の本件訴を原告適格を欠く不適法な訴として却下すべきものと考える。
(宮﨑梧一 栗本一夫 木下忠良 塚本重頼 鹽野宜慶)
上告代理人荒木新一、同荒木邦一、同田辺宜克の上告理由
原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背があり、これを是正しなければ著しく正義に反する。
第一、訴訟手続に関する法令の違背<省略>
第二、法令の解釈の誤り
一、「偽造」の概念の誤り
(一) 原審は、上告人(控訴人)の本案前の主張に関連して、同人の遺言偽造の主張を、「被控訴人原田和は本件遺言書を偽造したものでないことは弁論の全趣旨により明らかである」と判示した。
(二) たしかに、少くとも、本件遺言の本文および署名が亡原田実の自筆にかかるものであることは、争いのない事実である。
(三) しかしながら、原審の認定および被上告人(被控訴人)の主張は、ともに、「本件遺言書中押印部分はいずれも被控訴人原田和が実の死後同人から預つていた印章を使つて押捺したものだ」というのであるから、これらはとりもなおさず、「和は、自筆証書遺言の法定の要式に欠ける無効な遺言書に押印を加えて、右遺言書の法定の要式を具備した有効な遺言書の外形を作出した」ことを意味する。かかる所為が「偽造」の概念に該らないとする原審判示は、まつたく納得できない。
(四) まして、原審は、右所為が「変造」に該らない根拠として、「本件遺言書がもともと自筆証書遺言の法定の要式に欠ける無効なものである以上、和がこれに加除訂正その他の変更を加えたとしても変造に該当しない」と判示している。つまり原審は「偽造」を否定するときには、「作成」すなわち「有効無効にかかわらず本文氏名の記載をしたこと」と観念して、「実が作成したものは和の偽造ではない」と云い、「変造」を否定するときには、「作成」すなわち「有効な書面を作出したこと」と観念して、「実自身が作成未了のものを和がいくらいじつても変造にはならない」と云うのであつて、前後矛盾しているといわなければならない。「偽造」と「変造」とは相互に補完的な概念であつて、双方を合わせて「真正に成立した文書」の反対概念をなすのであるから、両者の区別は、一貫した基準によつてなさるべきこと、いまさら喋々するまでもないのである。
二、公序違反を看過した誤り<以下、省略>